飲食店のセクハラ問題「あの店長は人気者だから」で片付けていないか

2026.05.18

「うちは仲が良いから大丈夫」 「あの店長は冗談がうまくて、スタッフからも人気だから」

拡大フェーズにある飲食店経営者から、こうした言葉を聞くことがある。実に正直で、現場を信じている言葉だと思う。だが、私は経営コンサルタント出身の社労士として、あえて問いたい。その「大丈夫」は、本当にあなた自身が確認した事実だろうか。それとも、店長から上がってくる報告を信じているだけだろうか。

飲食店におけるセクハラ問題は、単なるコンプライアンスの話ではない。出店を加速させ、人材確保が経営の生命線になっている今のフェーズの経営者にとって、これは「事業拡大の天井」を決める論点だ。本稿では、労務という横軸と、飲食業という縦軸を掛け合わせた視点から、明快な助言をお届けしたい。

「氷山の一角」という構造を直視する

まず、肌感覚でご存じのことと思うが、飲食店という業態はセクハラが発生しやすい構造的条件が揃っている。

  • 狭い厨房、深夜帯のシフト、密接な距離での協働

  • 学生アルバイトを含む若年層の比率が高い

  • 店長への権限集中と、本部からの可視性の低さ

  • 「飲み二ケーション」を肯定する古い文化が、現場に残存している店舗もある

そのうえで申し上げたい。経営者の耳に届くセクハラ案件は、氷山の一角だ。本当の問題は、その先にある。

これは私がクライアントデータから導いている、仮説と検証に基づいた実感だ。「うちでは過去にセクハラの相談はゼロです」と胸を張る経営者ほど、実は何も把握できていないケースが多い。なぜか。被害を受けたアルバイトは、相談ではなく「次のシフトに入らない」という形で意思表示するからだ。そして静かに辞めていく。経営者の手元に残るのは、「採用してもすぐ辞める」という採用コストの上昇データだけ、というわけだ。

「単なるハラスメント研修」では本質を見誤る

セクハラ対策と聞いて、多くの経営者がまず思い浮かべるのは、外部講師を呼んでの集合研修ではないだろうか。あるいは、就業規則にセクハラ禁止条項を追加することかもしれない。

もちろん、これらは法令上の義務として必要だ。男女雇用機会均等法11条により、事業主はセクハラ防止のための雇用管理上の措置を講じる義務がある。相談窓口の設置、就業規則への明記、研修の実施——いずれも基礎工事として外せない。

だが、ここで申し上げたい。就業規則と研修だけで対策が完結すると考えるのは、問題の本質を見誤っている。

理由はシンプルだ。多店舗展開フェーズの飲食店において、セクハラ問題の核心は「ルールの有無」ではなく「現場で何が起きているかを、経営者がリアルタイムで把握できているか」にある。

就業規則を完璧に整備しても、相談窓口を設置しても、被害者がそこにアクセスしなければ意味がない。そして現実には、被害者の多くは社内窓口を使わない。なぜなら、加害者が直属の店長で、その店長が「会社の顔」だと知っているからだ。

第三の道——「シグナルの可視化」で先回りする

ではどうすべきか。場当たり的な事後対応でも、形式的な研修頼みでもない、第三の道を提示したい。それは、セクハラの「兆候」を経営データとして可視化する仕組みを持つことだ。

セクハラ事案が表面化する前には、必ずシグナルが現場に出ている。私の関与先のデータからは、以下のような傾向が観察される。

シグナル

経営データ上の現れ方

特定店長の下でアルバイト離職率が高い

シフト管理データ上の早期離職率の店舗間ばらつき

特定スタッフのシフト希望が急減

シフト提出データの異常値

特定の組み合わせを避ける動き

シフト調整時の「同時勤務NG」要望の増加

残業申請が出ない遅刻・早退の増加

勤怠打刻データと申請データのズレ

これらは、紙のシフト表と店長の口頭報告だけで運営している店舗では、絶対に経営者の目に触れないデータだ。一方、勤怠と労務をデジタル化していれば、本部から店舗横断で監視できる。

つまり、セクハラ対策の本丸は、研修でも規程でもなく、労務DXによる「店長権限の透明化」にある。この直感は、拡大フェーズの経営者であれば、すでにお持ちなのではないだろうか。その直感は、正しいと思う。

弊所では、自社開発の労務管理SaaS「HybRid」を通じて、こうした店舗間データのばらつきを経営者がワンクリックで確認できる環境を整備している。手続きの電子化は当たり前であり、その先にある経営判断材料の提供こそが、顧問社労士の価値だと私は考えている。

お得な情報——「カスハラ」も同時に対策できる

ここでひとつ、お得な情報をお伝えしたい。

2025年6月施行の改正労働施策総合推進法により、企業にはカスタマーハラスメント(カスハラ)対策が義務付けられた。飲食店において、酔客から女性スタッフへのセクハラ的言動は、典型的なカスハラ事案である。

つまり、社内のセクハラ対策と、顧客からのセクハラ的カスハラ対策は、運用フローを統合できる。相談窓口、記録方法、エスカレーション基準を一本化すれば、現場の負担も増えない。バラバラに対応すれば二重コストになるが、縦軸×横軸で設計すれば一本化できる、というわけだ。

これは、業種特化の社労士でなければ見落としがちな統合ポイントだ。

経営者が今すぐ確認すべきチェックリスト

最後に、明日からの動きにつながる確認事項を提示する。自社の現状に当てはめて、率直にチェックしていただきたい。

【ガバナンス編】

  • セクハラ防止の方針を、経営者の言葉で全スタッフに直接届けているか(店長経由ではなく)

  • 相談窓口は、店長ラインを完全にバイパスする経路になっているか

  • 就業規則のセクハラ・カスハラ条項は、2025年改正に対応済みか

  • 加害者への懲戒基準と、被害者保護の手順が明文化されているか

【データ可視化編】

  • 店舗別・店長別のアルバイト早期離職率を月次で把握しているか

  • 「特定スタッフのシフト激減」を異常値として検知できる仕組みがあるか

  • 勤怠打刻データと残業申請データの乖離をモニタリングしているか

  • 退職時の本音を吸い上げる仕組み(店長を介さない退職面談)があるか

【統合対策編】

  • 社内セクハラとカスハラの相談窓口・記録様式が統一されているか

  • 店長層への研修に「自身が加害者になり得る」視点が含まれているか

  • 顧問社労士に、規程整備だけでなく「現場データの読み解き」を相談できているか

チェックが半分以下なら、御社のセクハラ対策は「やっているつもり」の段階にとどまっている可能性が高い。これは批判ではなく、拡大フェーズの経営者には共通して起きる構造的な課題だ。

労務という横軸と、飲食業という縦軸を掛け合わせた視点で、御社の現状を一度棚卸ししてみてはいかがだろうか。仮説と検証を重ねれば、セクハラ対策は単なるリスクヘッジを超えて、「働きやすい職場」という採用競争力に転化していく。

そして、その変化は必ず経営数値に現れる。私はそう確信している。


社会保険労務士法人CSS 代表 内藤秀和 元経営コンサルタント出身。飲食業・サービス業の労務DX支援に特化し、自社開発の労務管理SaaS「HybRid」を通じて、多店舗展開企業の労務リスクを経営データとして可視化する仕組みを提供している。